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2010年11月 1日 (月)

読書週間の「暇つぶしの友」

少年時代に野山で遊んだ思い出の挿画。木の実や草の実を食べた。山菜採りをした。きのこ採りをした。蜂の子とりをした。

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「ヤマボウシの実」・コンペイトウうだと言って食べた        「ヤマブドウ」・小粒で甘い。

 Ⅰ・ 冗談ばっかり 永六輔

  沖縄ジャンジャンと言う百人程度の集会の行事の時に他の芸人と共に参加

  した時の講演である。報道規制やタブーの話題にも触れている。

  1・独断と偏見の天皇制

   太平洋戦争中の教育は、日本は神の国で、時の天皇は現人神とされた。

   その万世一系の天皇の為には命を捧げるのだと言って戦争で若者は死んで

   行った。その為に敗戦時には天皇は戦争責任が無いのか、それどころか、

   お詫びの言葉も無いのは如何してだろうか、と思う人も多かった。

   極東国際軍事裁判が終わった時、ウエップ裁判長は「あれだけ責任を逃げて

   かつ責任を無視して、それでもなお天皇で居られるのはあの人は神だ!」と

   言わしめた。そこで天皇に就いて考証してみると驚くべき事が分った。

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 「やまもも」・甘すっぱく美味しい          「イチイ」・常緑針葉樹の高い木の実で甘い

  

  ①・天皇は自分で「決める」事はしない人である。日本の帝王学とは、そうゆう

   もので、問われても自分では答えないものだと、侍従長の説明があった。

  ②・天皇は署名も、めったにする事は出来ない。ある時に書かないといけない

   署名を求めたら、〇を書いただけであったと言う。

  ③・外出の行動も総て決められた通りにしなければならない。勝手に好きな事

   を見聞が出来ないようになっている。

  ④・天皇は「命令しない」。ただ如何なっているの?と「御下聞」が出来るだけで

   ある。従って戦争開戦も「せよ!」とは言ったのでは無い。軍部でたぶん天皇

   は「戦争を始めたいのだろう」と推察して決定したのだ。こんな天皇であるの

   で戦争や権力闘争に利用された。維新で活躍した志士は足軽など身分の低

   い者なので倒幕の時には尊皇攘夷等の「大義名文」を作る為に天皇や公家

   を利用した。戦国時代の戦いの「錦の御旗」を利用したのと同じである。

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 「ナツハゼ」・野生のブルーベリーである   「ガマズミ」・上向きの甘い実である

   倒幕が成功すると、身代りと噂された16歳の明治天皇をたてて伊藤博文な

   どの20代の志士達が新政府を樹立したのであるが、皇室はこの時以来フラ

   ンス皇帝(ナポレオン王室)のあり方を採用して皇室典範を決めてしまった。

   その為日本文化の和服の着用をしない、正座もしない、食事は洋食とした。

   接待も外国要人が箸の使い方を練習して来たのに驚く場面もあったようだ。

   

   天皇を崇めるようになった歴史を見ると、武家社会以降江戸時代まで国民は

   天皇の存在は意識に無く、庶民は天皇が居る事すら知らなかった。意識した

   のは京都の公家や幕府の要職に居た人達位であった。それを明治政府が全

   国へ天皇の顔見せ行幸をさせて、天子様は天照大神の孫で日本創造の主で

   ある。その神の位の正一位を天子様より与えられた「日本国の父」と言うべき

   存在が天皇であると国民に教育した。この演出に使われた費用はすべて

   後に財閥になった三井、三菱、住友が出費したのである。

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  「オオシマザクラ」・さくらんぼの実です        「オニグルミ」・小粒で実が締まっている

  この天皇の系図をみると、おかしな事が多い。日本書紀の古代の天皇の平均

  年齢は123歳である。この原因は日本の国の成立は初代の神武天皇から始

  まったとして、キリストの西暦より66年古いとした事である。日本は紀元を年号

  とした為に天皇を高齢に調整して数字合わせをせざるを得なかったのである。

1940年(昭和15年)日本の紀元2600年記念式典があった。この時に会わせて全国から「紀元2600年の歌」の募集があり、2万件にも及ぶ応募の中から選ばれた曲は毎日のようにラジオから流された。太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した優秀の戦闘機は2600年にちなんでゼロ戦と命名された。翌年に陸軍が出した戦闘機を「一式」と言われ、別名「隼」である。紀元節は「建国の日」になった。今年の西暦2010年は、紀元の2670年であるが、もう紀元は使用しない。

  高齢の天皇もおかしいが、平家物語の安徳天皇は4歳で死んだが、既に子供

  が居て後継の天皇になっている。また室町時代で2~3才で天皇になり6~7才

  で退位した人もいる。これ等は平安から江戸時代まで藤原一族が強力な権力

  で摂政になり国を治めていたので、幼年の天皇が成長して意見を言う頃に退位

  させていたのである。この流れが現在の日本の官僚が強く首相が変わっても国

  が変らない遠因になっている。

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「山桑の実」・黒くて甘いメドを呼んでいた 「ヒシの実」・クリークにあり茹でると栗の味がする

  日本は大和朝廷以来中国の影響が大きいにもかかわらず、官僚試験に合格

  すれば身分が低い者でも大臣など要職に成れる「科挙」の制度を採用しなか

  った。それは天皇家の門閥を守る為であった。(これは民間の歌舞伎の家元

  制度と同じであり、一般の若い学生がどんなに芸を習っても端役しかなれない) 

  その為に天皇の後継には激しい骨肉の争いが起きるのである。大和武尊の父  

  の景行天皇の様に80人もの子供から1人を選ぶので、ライバルを毒殺して抹

  殺するとか、陰謀で罪に陥れて惨い極刑でる事など良く起きていた。また天

  皇家の血統に就いても耶馬台国の卑弥呼も認めず、朝鮮に敗れた時に朝

  の血統が入った事も認めず本の正統の血統の天皇が継続しているとした。

 

  なお皇族の風紀に関しても源氏物語のような、風流ではない男性作家が居た

  ら恋愛、不倫、近親相姦の一大ロマンポルノ小説が書かれていただろう。しか

  し現在の国の象徴と言われる天皇に相応しく、勉強もしている、常識人でもあ

  る浩宮皇太子には、大いに期待が持てる。願わくば日本文化も復活して夏は

  「ゆかた」も着て、地方へ行けばその地方の方言で言葉を掛けるくらいの親し

  みのある、開けた皇室の日本の象徴になって欲しい。

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 「野イチゴ」・野山の女王である            「あけび」・形が面白いので人気がある

 2・女の文化・男の文化

  「なぜ男に乳首があるのだろう!」。これから文化論に発展した。名前は伏せ

  が相撲の力士の中にはブラジャーを付けても良い程大きい乳房の人も居る

  男には無用の長物である。まずそれが付いている理由は人間は哺乳動物であ

  る事の拠である。母胎の中で受精した卵子が赤ちゃんに成長して行く時に最

  初は皆に房がついている。従って人は女から始まるのである。その後3ヵ月

  位かの染色体を持った精子と受精した胎児は男になり、Xを持ったものとの

  結合した胎児はそのまま女になるのです。

  更にその後の成長過程で分泌される男女のホルモンの影響で男らしさと、女ら

  しさが顕著になってくる。しかし、このホルモンのバランスが良くない人や、最初

  のXとYの染色体のバランスが悪い人は、男らしい女や女らしい男が生まれる。

  更に同性愛や性同一障害の人も出るのです。その為にオリンピックの女子選

  手は厳しい性別検査が行われる。中には女子と認められない人も出るようだ。

  カールセル麻紀のように以前はオジサンで、今はオバチャンと子供に言われる

  人も出て来てもおかしくないのである

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「イタドリ」・スカンポと言って茎を食べる 「ヤマウド」・葉と芽は天婦羅、茎は酢味噌で食べる

  男は遊牧民的な自由な生き方をするので、一夫一婦制は辛抱が強いられる

  が、欲求不満のハケ口を色々のモノで解消させているので精神不安度は15%

  位であるのに対し女性は制約が多いので85%だとも言われる。しかし女性は

  子供を産むので忍耐力も男より強く保守的であるので、争いや戦争を好まな

  い。男は働く事を中心の戦いの男の文化に対し、子を持つ母親が作るのは平

  和で優しい女の文化が生まれる。女性が自立してもっと政治に参加して女性文

  化を大切にしないと本当の文化国家にはならない。

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 「はちく」・細い竹の子で破竹、味は良い       「ヤマグミ」・赤黒くなるときが食べころ

 2・佐渡島・独立論

  佐渡島は黒潮の影響で気候も温暖であり、食糧の自給率が160%である。

  この60%を輸出すれば経済も安定して独立国になれる。その場合を想定して

  みると、まず言葉は日本語で不自由しない。NHKも放送権を買って放送局を

  作れば良い。国歌は「佐渡おけさ」で十分である。天皇が欲しい人は承久の乱

  で42歳で佐渡で死んだ順徳天皇の末裔を据えれば良い。娯楽施設はフェリー

  3隻を購入して「飲む」「打つ」「買う」の営業をする。満20歳を過ぎないと、その

  フェリーに遊びに行けない。そして米国や韓国へ賭博に行かなくとも良くなる。

  風俗店も現在働いている希望者を募集して営業する。

  「国の安全」に就いては、占領しても資源ゼロのメリットの無い厄介な島である

  事が「安全保障」になっている。医療は、大病院を作らず手術など総ての設備を

  揃えた医療バスを何台か用意して、患者は自宅に居るので巡回して治療する。

  学校は小学校は生徒の質問に答えるだけにして好奇心を大切にする。中学か

  ら本格的に基礎から始める。国会は誰でも立候補出来て、広場で開く。「政治と

  カネ」や一票の格差など無い。この島の独立は可能性があっても夢かも知れな

  いが、今は地方が独自の権限と予算を持つ地方が充実して元気が出ないと

  日本は良くならないと思う。

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 「ハツタケ」・赤松の林に出る、触ると青緑になる   「くりたけ」・この群生に出会うと嬉しい

 Ⅱ・ 塀の外の同窓会  安部譲二

   大阪特捜の不祥事件や小沢氏の不起訴不当などの問題が起きた時なので、

   こんな本が目に付いた。警察と検事と裁判所と量刑の判決に関する話題が

   興味を惹いた。検事から告訴されて裁判に掛かると、外国では4割も無罪に

   なる事があるが、日本では必ず有罪になる。それは検事も裁判所の判事も同

   じ役人なので恥をかかせる判決をしないからだ。もし無罪にでもすればその

   検事はクビにはならないが役人を辞めて民間の弁護士になるしか無いのだ。

   筆者が友人の江夏投手が覚醒剤で逮捕されて、ワイドショーに晒されていた

   時である。通常なら検事の求刑が2年迄だと、判決は執行猶予が付いた刑で

   決まる。また初犯であればたいてい実刑でなく執行猶予が付くものである。

   

   しかし江夏の場合は傲慢な態度か反抗した為か検事の心証を悪くしたのか

   初犯なのに、4年の求刑だった事で驚いた。判決も2年4ケ月の実刑だった。

   こうなったら、控訴しても執行猶予も付かないので、早く承服して早く帰った方

   が良いとアドバイスした。塀の中には看守を含め馬鹿者や無礼者が多いが、

   腹を立てず、喧嘩をしない事を諭して約束させた。そして法務省に力を持つ議

   員等に働き掛けて、初犯刑務所に入れて貰った(再犯者の刑務所では仮釈

   放の期間短縮措置が無い)。その結果2年以内に帰って来た。自分も賭博で

   の塀の中の苦い経験で立ち直ったが、江夏もその後立派な人に変っていた。

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 「あみたけ」・傘の裏が網になっている味は良い   「しめじ」・味は一番で、白と紫がある

 Ⅲ・104歳・しいのみ学園理事長 昇地三郎

   長寿が必ずしも幸福とは言えないが、生きている限り元気でいたいものだ。

   現在日本で百歳以上が4万五千人も居て、2050年には68万人になると言

   う百歳時代になる。そこで元気を与えてくれる生き方の昇地氏を紹介する。

 「生い立ち」 釧路で生まれる。広島高等師範と広島大学と九大医学部を卒業。

   福岡教育大教授となる。63歳で退官して、福岡市で障害者の施設の「しいの

   み学園」の理事長になる。障害者の教育には福祉を始め広い知識が必要な

   ので、教育、医学、文学、哲学の5つの博士号を取得している。

 

 「学園開設の経緯」 2人の子供が障害児であったが、当時はその子供が入る施

   設が無く、不憫の子供の為に自殺も考えた時も有った。妻の実家の造り酒屋

   の支援で、いじめの無い施設「しいのみ」を作った。公務員は経営が出来ない

   ので妻が園長になった。この様子が全国に知られ、本も120万部のベストセ

   ラーにもなり、映画化された。国の補助も無く経営して来たが昭和31年か

   ら養護学校が制度化されて義務教育になり、全国で八百校も出来て来た。

   長男は12歳で、次男は22歳で脳性麻痺で死亡した。妻も他界したが悲しん

   でいる暇は無かった。長女は学園で訓練係で働いている。

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「クロスズメ蜂」・巣穴を見付けると煙で巣をとる  「蜂の子」・フライパンで炒り醤油味が美味

 「活躍状況」 早朝のラジオで英、独、露、韓、中国の語学勉強を続けている。

  101歳からポルトガル語も習い日記に書いている。中国へはザイカの1千万円

  と西日本文化賞の1千万円と個人の寄付で施設を作り、招待された時は中国

  語で講演をした。国内は勿論、99歳から世界30ヵ所廻り、各地で講演を依頼

  されると、長寿の秘訣、障害児の取組み方、3歳児の教育の大切さ等を説いて

  いる。長寿は25%が遺伝子のお陰で75%が生活習慣の努力だと言う。今年

  は5度目の世界1週をした。5時間を越えるフライトもこなしている。米国から   

  「老年学会」に招待されて90分の英語で講演をした後に黒田節を披露した。

 「習慣健康法」 ①笑顔とユーモア ②冷水摩擦と歯みがき ③自分で開発した

  棒体操 ④祈り ⑤一口30回噛む ⑥語学講座を聞く ⑦新聞を読む ⑧人と

  会っておしゃべり ⑨日記を書く ⑩上向きで寝る

                      これが実践している長寿法です。以上

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    「安達太良岳」・山頂より紅葉の名所の山容の眺望 (アシモリさん提供)        

   

      

  

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